♪ 9割がた クローズしております ♪
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
1988年12月8日、
成田こと新東京国際空港に到着したマイケルは 『寛斎』 のジャンパーを着ていた
‥‥というのは、周知のことですが。
これについて、これまで特になにか考えたこと無かった
前年('87年) ラスト5日間、セーラーズの例のジャンパーを着倒してたんで
それにならってというか
招聘元の日テレあたりがプレゼントしたか マイケル側のサービスかな?位で‥‥
ちょっちだけ判りますた。
これは前年の来日時から動いていた話で、
どうやらセーラーズのジャンパーにならっての事ではなく 無関係のもよう。
'87年、寛斎氏の甥っ子で アパレル会社の社長だったK氏が
KANSAIブランドの服をマイケルやジャネットに着てもらうための根回しで
コンサート終了後、バックダンサー4人や舞台スタッフ達をディスコで接待したのだそう。
ディスコ接待された面々 (中央除く
少し話がズレるけども
その半年近く前、
'87年4月23日にエリザベス・テーラーが来日したことを憶えてる御仁はいらっしゃいますか?
【エイズ撲滅キャンペーン】 の共同記者会見を キャピで開いたのだけど
その “共同” のパートナーとは、笹川良一会長。 (若いヒトは知らんよぬw
笹川会長は、リズのエイズ基金に なんと30億円を寄付
そうした縁で 笹川会長 なんと実はマイケルとも付き合いがあったのらしく。
そんな笹川会長に、あるお願いを持ちこんでいた 元アイドル歌手がおりました。
「マイケルに曲を書いてもらいたい」 等と。
それは
なんと (ばっかし) 豊川誕さん。
ある世代以上には説明不要w、
'75年ジャニーズ事務所からデビューした、バリバリゴリゴリのアイドル。

が、デビューから数年後 いろいろあり、その後の模索の一環だったようで
そう思うと そのがむしゃらさは、決してカンジ悪いものではないような。 (@私感
同い年のマイケルのことを 歴史に残るスーパースターだと確信しているという豊川さんも、
もともと知人だったK社長に同行して ラヴェル・スミス氏たちと呑んだのらしいw
そうした根回しが功を奏したわけですね~~
成田に着いてからラウンジで羽織ったのではなく、
ちゃんと (?) 飛行機で向かう段階で すでに着用

山本寛斎氏も、豊川さん同様にマイケルのことを こう評されています。
「確実に未来にその名が残る」
「世界で最も大きな才能のひとつ」

'88年12月 東京ドームのバックステージにて
(プレゼントされた白いファーのショートジャケ、着てほしかったー
)
2009年秋、映画 『THIS IS IT』 を観に行かれた直後には
「生きる人間のエネルギーの表現として、とにかく最高の出来栄えでした」
「たくさんの人に観ることを強くお勧めします!!」
「お金がない人は、一食減らしてでも、観る価値のある映画です!!!」
‥‥という文章を、わざわざ口述筆記でスタッフに記してもらったそう。
部屋にいるスタッフ達に、この週末この映画を必ず観るよう プレッシャーをかける為だとかwww
ガチなのだわ~~


成田こと新東京国際空港に到着したマイケルは 『寛斎』 のジャンパーを着ていた
‥‥というのは、周知のことですが。
これについて、これまで特になにか考えたこと無かった
前年('87年) ラスト5日間、セーラーズの例のジャンパーを着倒してたんで
それにならってというか
招聘元の日テレあたりがプレゼントしたか マイケル側のサービスかな?位で‥‥
ちょっちだけ判りますた。
これは前年の来日時から動いていた話で、
どうやらセーラーズのジャンパーにならっての事ではなく 無関係のもよう。
'87年、寛斎氏の甥っ子で アパレル会社の社長だったK氏が
KANSAIブランドの服をマイケルやジャネットに着てもらうための根回しで
コンサート終了後、バックダンサー4人や舞台スタッフ達をディスコで接待したのだそう。
ディスコ接待された面々 (中央除く
少し話がズレるけども
その半年近く前、
'87年4月23日にエリザベス・テーラーが来日したことを憶えてる御仁はいらっしゃいますか?
【エイズ撲滅キャンペーン】 の共同記者会見を キャピで開いたのだけど
その “共同” のパートナーとは、笹川良一会長。 (若いヒトは知らんよぬw
笹川会長は、リズのエイズ基金に なんと30億円を寄付
そうした縁で 笹川会長 なんと実はマイケルとも付き合いがあったのらしく。
そんな笹川会長に、あるお願いを持ちこんでいた 元アイドル歌手がおりました。
「マイケルに曲を書いてもらいたい」 等と。
それは
なんと (ばっかし) 豊川誕さん。
ある世代以上には説明不要w、
'75年ジャニーズ事務所からデビューした、バリバリゴリゴリのアイドル。
が、デビューから数年後 いろいろあり、その後の模索の一環だったようで
そう思うと そのがむしゃらさは、決してカンジ悪いものではないような。 (@私感
同い年のマイケルのことを 歴史に残るスーパースターだと確信しているという豊川さんも、
もともと知人だったK社長に同行して ラヴェル・スミス氏たちと呑んだのらしいw
そうした根回しが功を奏したわけですね~~
成田に着いてからラウンジで羽織ったのではなく、
ちゃんと (?) 飛行機で向かう段階で すでに着用
山本寛斎氏も、豊川さん同様にマイケルのことを こう評されています。
「確実に未来にその名が残る」
「世界で最も大きな才能のひとつ」
'88年12月 東京ドームのバックステージにて
(プレゼントされた白いファーのショートジャケ、着てほしかったー
2009年秋、映画 『THIS IS IT』 を観に行かれた直後には
「生きる人間のエネルギーの表現として、とにかく最高の出来栄えでした」
「たくさんの人に観ることを強くお勧めします!!」
「お金がない人は、一食減らしてでも、観る価値のある映画です!!!」
‥‥という文章を、わざわざ口述筆記でスタッフに記してもらったそう。
部屋にいるスタッフ達に、この週末この映画を必ず観るよう プレッシャーをかける為だとかwww
ガチなのだわ~~
マイケル: 「ここんとこの手振りはもっとコレコレだよね」
トラヴィス: 「うんうん」
わし : 「うんうん」 (@バーチャル参加w
PR
ここ数ヶ月で拾った中から。
いずれも作者不詳~
(※ほとんどはクリックで拡大します)
一番 ときめいたのは、コレ
てっきり、以前貼ったコレと同じ画伯と思いきや
サインが全く違うんで 別人の作品らし
コレまた どちらの作者とも別人なり
ガチガチの写実よりも 最大公約数的に引き算したラフ感のある これらの画風、
すげぃ好みー
なぜこんなふうに描けるのだ。
引き算のラフ画といえば、こんなのも。
白だけで ガガガッて。
なんだこの表現力。
すげー。
ラフに ガガガッていえば、こんなのも。
左手なんて あんだけで、なんで胸に当ててるのが明確に見えるの~~
なんで腰をひねってるのがわかるの~~
なんでこの後の動きが観えるようなの~~
コレらとは 「真逆」 と言って良いかぬ、
描き込み&グラフィカルな絵。
私も、写真で 『MICHAEL』 アルバムジャケのコラージュ作った時って何度も投げたくなったけど、
それと同じぐらい大変だったと思う~~
コレも描き込んでるけど、ある面では 「真逆」。
色えんぴつで ぬりぬりなのが好感度
カワイイ系の絵といえば、
これを描いたのって 日本人なのかな?

画風的に日中韓台いずれかである事は確実w
13作品を拾ってるんで (上のはスムクリ&JAMを合成)、フォルダにまとめてるけど
名称に困って 『どこのファン?』 ってフォルダ名w
すでに冒頭で 「一番 ときめいた絵」 って貼っちゃったけど、
ある意味 コレも同じくらい ときめきのの

いずれも作者不詳~
(※ほとんどはクリックで拡大します)
一番 ときめいたのは、コレ
てっきり、以前貼ったコレと同じ画伯と思いきや
サインが全く違うんで 別人の作品らし
コレまた どちらの作者とも別人なり
ガチガチの写実よりも 最大公約数的に引き算したラフ感のある これらの画風、
すげぃ好みー
なぜこんなふうに描けるのだ。
引き算のラフ画といえば、こんなのも。
白だけで ガガガッて。
なんだこの表現力。
すげー。
ラフに ガガガッていえば、こんなのも。
左手なんて あんだけで、なんで胸に当ててるのが明確に見えるの~~
なんで腰をひねってるのがわかるの~~
なんでこの後の動きが観えるようなの~~
コレらとは 「真逆」 と言って良いかぬ、
描き込み&グラフィカルな絵。
私も、写真で 『MICHAEL』 アルバムジャケのコラージュ作った時って何度も投げたくなったけど、
それと同じぐらい大変だったと思う~~
コレも描き込んでるけど、ある面では 「真逆」。
色えんぴつで ぬりぬりなのが好感度
カワイイ系の絵といえば、
これを描いたのって 日本人なのかな?
画風的に日中韓台いずれかである事は確実w
13作品を拾ってるんで (上のはスムクリ&JAMを合成)、フォルダにまとめてるけど
名称に困って 『どこのファン?』 ってフォルダ名w
すでに冒頭で 「一番 ときめいた絵」 って貼っちゃったけど、
ある意味 コレも同じくらい ときめきのの
きょう未明にやった
【トゥルー・ハリウッド・ストーリー シェリル・クロウ】@Dlife は
2009年1月OAの番組だし、まったく期待してなかったけど
少しの写真と (偶然おとといの番組紹介時に貼った画像)、「動くマイコー」 の映像が
けど、映像関係は なぜかシェリルと無関係なDAN期のもの‥‥
しかもワールドツアー中ではないマイケルw
でも、全体的には大したことないっちゃー大したことなく
録画したの消しちゃうかもなんで、例によって メモで残すことに
- 1986年、24歳のシェリルはスターを目指し、セントルイスからハリウッドへ向かいました。
リチャード・バスキン @伝記著者:
「シェリルは、ウェイトレスのバイトで生活しながら歌の仕事もしていた。
さまざまなアーティストのレコーディングでバックコーラスを務めていたんだ」
デヴィッド・ワイルド @情報雑誌編集者
「実はシェリルが最初にブレイクしたのは KING OF POP、あのマイケル・ジャクソンとの仕事だったんだ」
リチャード:
「THRILLERの大ヒットの後に行なわれたBAD World Tourは、当時の音楽業界で最大のイベントだった」
ドリアン・ホリー
:
「LAで行なわれたオーディションには、400人ぐらいの歌手が集まった。
僕たちはマイケルのレコードを買って、オーディションのために選んだ曲を1日中練習した。
午後6時か7時ごろオーディションを受けたんだけど、真夜中に電話がかかって来て “合格” だって」
リチャード:
「この仕事でシェリルの世界が変わった。
それまでパートタイムのミュージシャンだったのに、史上最大のツアーでフルタイムのバックコーラスを務めることになったんだ」

デヴィッド:
「シェリルは、マイケルと "I Just Can't Stop Loving You" をデュエットした」
ドリアン:
「マイケルと一緒にいる映像を見ると、今とはちょっと違う。
スカートはこ~んなに短くて、ピンヒールを履いて 髪を膨らませてた」

シェリル・クロウ:
「マイケル・ジャクソンのツアー中の衣装は、私が自分で決めたんじゃあないの。
地毛だったけどね。
ツアーに参加する時に、出演者は契約書にサインさせられるの。 用意された衣装や決められた髪形やメイクに従います、って。'80年代風よね」
リチャード:
「"I Just Can't Stop Loving You" をマイケルと歌った事で、マスコミの注目を集めた」
ドリアン:
「数ヶ月経つと、“シェリルはマイケルの恋人だ” とか、“マイケルの子供を妊娠してる” って噂が立った。
一緒にステージに立ってる2人の写真を掲載してゴシップを仕立て上げたんだ」
シェリル:
「ヘンな感じだったわ。
家に帰ると地元の人に “マイケル・ジャクソンと結婚するんだってね” って言われたわ。
それに高級車が通ると、めずらしい事だから “マイケル・ジャクソンがシェリルの家に来たぁ!” って (笑)」
デヴィッド:
「シェリルは、これですぐ歌手デビュー出来ると思っただろうけど、ショービジネスの世界はそんな簡単なものじゃなかった。
LAでシェリルを待ち受けていたのは、バックコーラスの仕事ばかりでした。
マイケルの仕事で注目を浴びたのが良かったのかどうか…、シェリルが目指してた方向じゃあない」
≪後略≫
そうそうそう、ソロデビューが成功した直後のインタビューで
「マイケルとの仕事は自分のやりたい方向じゃなかった」 と言ってて
マイケルに対して感謝の言葉もなく、短気な私は 「なんだコイツ
」。
なので、シェリルのこと大嫌いでしたわー。
デビュー曲を聴くたびに虫唾が。
でも 今思うと、マイケルと仕事をした履歴を消したいような時期だったのかも‥‥
あらっ?
ワシ大人じゃんw
【トゥルー・ハリウッド・ストーリー シェリル・クロウ】@Dlife は
2009年1月OAの番組だし、まったく期待してなかったけど
少しの写真と (偶然おとといの番組紹介時に貼った画像)、「動くマイコー」 の映像が
けど、映像関係は なぜかシェリルと無関係なDAN期のもの‥‥
しかもワールドツアー中ではないマイケルw
でも、全体的には大したことないっちゃー大したことなく
録画したの消しちゃうかもなんで、例によって メモで残すことに
- 1986年、24歳のシェリルはスターを目指し、セントルイスからハリウッドへ向かいました。
リチャード・バスキン @伝記著者:
「シェリルは、ウェイトレスのバイトで生活しながら歌の仕事もしていた。
さまざまなアーティストのレコーディングでバックコーラスを務めていたんだ」
デヴィッド・ワイルド @情報雑誌編集者
「実はシェリルが最初にブレイクしたのは KING OF POP、あのマイケル・ジャクソンとの仕事だったんだ」
リチャード:
「THRILLERの大ヒットの後に行なわれたBAD World Tourは、当時の音楽業界で最大のイベントだった」
ドリアン・ホリー
「LAで行なわれたオーディションには、400人ぐらいの歌手が集まった。
僕たちはマイケルのレコードを買って、オーディションのために選んだ曲を1日中練習した。
午後6時か7時ごろオーディションを受けたんだけど、真夜中に電話がかかって来て “合格” だって」
リチャード:
「この仕事でシェリルの世界が変わった。
それまでパートタイムのミュージシャンだったのに、史上最大のツアーでフルタイムのバックコーラスを務めることになったんだ」
デヴィッド:
「シェリルは、マイケルと "I Just Can't Stop Loving You" をデュエットした」
ドリアン:
「マイケルと一緒にいる映像を見ると、今とはちょっと違う。
スカートはこ~んなに短くて、ピンヒールを履いて 髪を膨らませてた」
シェリル・クロウ:
「マイケル・ジャクソンのツアー中の衣装は、私が自分で決めたんじゃあないの。
地毛だったけどね。
ツアーに参加する時に、出演者は契約書にサインさせられるの。 用意された衣装や決められた髪形やメイクに従います、って。'80年代風よね」
リチャード:
「"I Just Can't Stop Loving You" をマイケルと歌った事で、マスコミの注目を集めた」
= 当時のインタビュー番組の映像 =
女性司会者:
「シェリル、あなたはマイケルとデュエットしてるけど、彼と仕事するのってどう?」
シェリル:
「マイケルは、今まで出会った人の中で 最っ高に刺激的な人よ。
一緒に仕事をしたからそう言ってるんじゃなくて、彼と接した人は誰でも影響を受けるの。魅力があって、とてもプロ意識が高いわ」
ドリアン:
「数ヶ月経つと、“シェリルはマイケルの恋人だ” とか、“マイケルの子供を妊娠してる” って噂が立った。
一緒にステージに立ってる2人の写真を掲載してゴシップを仕立て上げたんだ」
シェリル:
「ヘンな感じだったわ。
家に帰ると地元の人に “マイケル・ジャクソンと結婚するんだってね” って言われたわ。
それに高級車が通ると、めずらしい事だから “マイケル・ジャクソンがシェリルの家に来たぁ!” って (笑)」
デヴィッド:
「シェリルは、これですぐ歌手デビュー出来ると思っただろうけど、ショービジネスの世界はそんな簡単なものじゃなかった。
LAでシェリルを待ち受けていたのは、バックコーラスの仕事ばかりでした。
マイケルの仕事で注目を浴びたのが良かったのかどうか…、シェリルが目指してた方向じゃあない」
≪後略≫
そうそうそう、ソロデビューが成功した直後のインタビューで
「マイケルとの仕事は自分のやりたい方向じゃなかった」 と言ってて
マイケルに対して感謝の言葉もなく、短気な私は 「なんだコイツ
なので、シェリルのこと大嫌いでしたわー。
デビュー曲を聴くたびに虫唾が。
でも 今思うと、マイケルと仕事をした履歴を消したいような時期だったのかも‥‥
あらっ?
ワシ大人じゃんw
週末の 【ジョブチューン】 での某オペラ歌手・Nさんネタは、
やっぱしょーもなかった
「ネバランに訪問した時、マイケルは姿を現わさずに監視ビデオで観察」
っての、以前 他からも聞いたネタだし‥‥
じゃあ、そのあと本人に会って 本人から 「観てたんだよ」 って言われた、という事よぬ?
会えずじまいだったら観察されてた事なんてワカラナイはずだし。
だからその “会ってる時の話” をよろしくっつーのに
テンコーさん方式‥‥(´Д`)

何おこ?
でも これはNさんが、っつーよりも 番組サイドのせいだな
深く掘り下げる事よりも
広い面積をさわる事がメインだったし
1人だけのゲストでマイケル話もじっくり掘り下げる番組、やんないかな…
話の破天荒さが あちこちで目をつけられたと思うんで
けっこう可能性あると思う~~
やっぱしょーもなかった
「ネバランに訪問した時、マイケルは姿を現わさずに監視ビデオで観察」
っての、以前 他からも聞いたネタだし‥‥
じゃあ、そのあと本人に会って 本人から 「観てたんだよ」 って言われた、という事よぬ?
会えずじまいだったら観察されてた事なんてワカラナイはずだし。
だからその “会ってる時の話” をよろしくっつーのに
テンコーさん方式‥‥(´Д`)
何おこ?
でも これはNさんが、っつーよりも 番組サイドのせいだな
深く掘り下げる事よりも
広い面積をさわる事がメインだったし
1人だけのゲストでマイケル話もじっくり掘り下げる番組、やんないかな…
話の破天荒さが あちこちで目をつけられたと思うんで
けっこう可能性あると思う~~

