"Scream" を貼りまくったとこだけど、別にそのネタ捜してた訳じゃないのに 偶然にもSF撮影時の美術スタッフさんが語る 『秘話』 が掘れてもた♪
ご自身の職場のサイトにわりと最近書かれたものなので、もしかして海外含めたファンサイト初出ネタかもしんない。
全訳とはいかないけど、肝心な部分は全部拾えてると思う
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『コト』 が起きたのは、"Scream" の撮影現場、ユニバーサル・スタジオ。
マイケルと逢うのは、DANGEROUSツアーのセット造り&リハーサル以来。
マーク・ロマネック監督とトム・フォーデン美術監督はともに完璧主義者で、彼らと仕事が出来るというのも私には大きな喜びでした。
830万ドル近い制作費のうち半分は、美術にかけられたと思います。
撮影は、3つのフルサイズのステージに12個以上のセットが組まれたLAのユニバーサル・スタジオで始まりました。
いったん撮影が始まると、私の役割は美術セットの調整です。
これは、まさしく 『クレイジー・ビッグ・ジョブ』 でした。
20日間、3つのステージの12以上のセットで仕事に明け暮れました。
撮影初日、我々は朝7時に召集されました。
一方マイケルは午後の中ごろに入り、ヘアメイク完了は夕方16時30分。
マイケルはそのペースが好きなのです… つまり、夜に働くこと。
以後20日ほどの仕事は夜間撮影になる事はもう明白でした。
( 翌日からスタッフ・クルーの召集は朝7時→夕方16時に変更となり、16時~翌朝6時まで毎晩ぶっとおしで働きました。)
最初に撮影したのは、白い床の1つでマイケルがダンスするシーンで、ビデオの随所で観られます。
マイケルは、カメラから約6ft.の所で位置を定め、2~3テイク撮ったあと、床(ビニール・リノリウム材)の滑り具合についてコメントしました。
で、私はスチールウールやら "特製ソース" を詰めたスプレーやらを持ち、調整に駆け寄ります。
マーク・ロマネック監督がカメラの背後から出てきて私の仕事を見つめ、床のツヤが鈍くなったと フォーデン美術監督を大声で呼びます。
私はそれを押しとどめ、"特製ソース" をスプレー。
すると、たちまちツヤが蘇ってきらめくのでした。
ひざまずいていた位置から立ち上がる時、マイケルが微笑みながら声をかけてきました。
「ツアー・リハーサルの時から僕はあなたを憶えてるよ。」
そしてマイケルは私の子供がどうしているかを訊き、それに答えると
「great, amazing.」
それから撮影に戻り、そのまま順調に進んでいきました。
最後の撮影は、『禅』 のセットで行なわれました。
マイケルが禅台に着いて撮影する前に、我々は最終調整をしていました。
マイケルはその様子を眺めながら、このセットがどれほど美しく見えるか語ってくれました。
マイケルはとても寛いでいて、この仮設寺院の中央に座って楽しんでいました。
ロマネック監督が天井部分を調整するよう呼んだので、私は梯子をつかんで天井へと急ぎ、ノコギリで切り始めました。
その時、不運にも携帯ノコギリがキックバックし、左の薬指の1/3を切断しました。
私は何も言わずに後ろのポケットの布きれで指を包み、梯子から下りて、セットを出ました。
その途中でフォーデン美術監督とすれ違ったので、彼に話したところ、ステージの端につれて行かれ、コンクリートに寝かされました。
全ての撮影スタッフが半円状になり、私を見下ろしていました。
午前3時ごろだったでしょうか。
突如ひとだかりが割れ、マイケルが現れました。
マイケルは宙で握られている私の左手を見、そして私を見ました。
それからひざまずいて私の右側に寄り添い、私の右手を拾って包み込んだのです。
マイケルはまっすぐ私を見つめて謝り倒し、その目には涙が浮かんでいました。
救急車が来て私を連れ去るまでの間、彼はずっと私の手を握っていました。
翌週。
療養中の自宅で、マイケルとジャネット連名の贈り物を受け取りました。
大きな石鹸のような特別製なもの,バスローブ,お香、そしてカードも。
マイケル、もしあなたがこれを読んでくれたなら
「気にかけてくれてありがとう」。
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この美術さんいわく 「永いこと私の小さな秘密」でしたが、この度のことを機に 沈黙を破りたくなったそうです。
お見舞いの品にリラクゼーショングッズを選んだのは、多分ジャネットのセンス
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